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<半兵衛のひとりごと09>       変わりゆくもの/構造と普遍性

時代の変化とともに変わりゆくものがあります。一方で、いつの時代も変わらないものがあります。伝統とは、決して過去のものではなく、変革を積み重ねながら今に続くものなのです。表層の変化を伴いながらも、その本質は常に普遍的なのかもしれません。

 

ここで、変化するものと不変のものという二項対立で捉えると、ある段階で思考が停止してしまいます。この二項対立は直感的に理解しやすく、あながち間違いでもないのですが、陥りがちな考え方へと流れていきます。

 

かつて、フッサールがその現象学的観点から人間の純粋意識なるものを見出すのに、経験や学習等による文化的な違いが出るもの、つまり後天的に変化し得るのを排除しようと試みました。人間の普遍的な真理を解明しようとしたのです。このことは、芸術の分野でも同じようなことが試みられていたのです。対象を描く絵画が、非具象絵画や抽象絵画へと昇華していく背景には、そのような考え方があったのでしょう。シュプレマティズムや後のミニマリズムも、最後にはプラトン的純粋幾何学形態に収斂していく様が、一見理にかなっているようで、それがフッサールと同じ限界だったとも言えます。

 

「不変のもの」=「最大公約数」という考え方なのですが、変化を繰り返すほど最大公約数は小さくなっていき、いずれは「無」に限りなく近くなるわけです。シュプレマティズムというネーミングにもその思想が窺えます。純粋幾何学形態へのオマージュは、ゲシュタルト心理学の考え方にも繋がるので、当時の芸術も時代に大きく貢献したと思います。

 

しかし、今を生きる私たちにとって、その観念的な最終形がどんな意味をもたらしてくれるのでしょう。すべてを終わりへと導いてもらっても困ります。実はそこが、「意味の消去」から「意味の生成」への分岐点になります。

 

変化/不変という二項対立から、変化そのものの普遍性を問うという、流動的で掴みどころのないものへの挑戦が始まるわけです。私たちに必要なのは、その構造そのものを解明することよりも、その構造を踏まえたうえで、時代の変化に合った一解答を示すことなのです。